描いたものはすべて実現できる。小石恵一郎の「勝ちグセ」【後編】


ミスタージャパン埼玉代表、キックボクシング東北大会2階級制覇、SAJスノーボード検定1級、わんこそば全国3位の記録も持つ小石恵一郎氏。
キックボクシングとの偶然の出会いから「勝ちグセ」が発揮されるまでの【前編】に引き続き、
「勝ちグセ」がさらにアップデートされていく彼の挑戦に、スポットを当ててみた。

初めての敗北。ボクシングへの信念が確立された瞬間

「東北Aリーグトーナメントの決勝戦で僕は初めて敗北を経験しました。勝ったように思えたのですが判定負けだったんです。納得できない気持ちもありましたが、それは個人の意見であり決めるのは自分ではありません。そのとき、相手をリングに沈めない限りは勝てないと思ったんですよね。」

当時を回想しながら、目を輝かせてこう語る。

「そのとき、気づいたんです。この法律で守られた日本で人を殴ったら捕ますよね?でも、リングの上だけは人を殴り倒せば英雄になれる。法律から解放される唯一のサンクチュアリーなんだって。気持ちが楽になったんですよね、当初は喧嘩とかしたことなくて、まだ人を殴ることに抵抗があったので笑」

ボクシングの魅力に気づいた小石氏はさらに強くなった。
そして、次の東北Aリーグトーナメントでは優勝を飾った。人間界の生き辛さをすべて代弁したかのように、リングの上でそれらが解放される瞬間に心惹かれた。

色んなことを背負うから、勝てる。

ところが大学4年の冬、小石氏に問題が起きた。

彼が4年間かけて取得に励んだ、SAJスノーボード検定1級の検定日と大学生活最後の東北Aリーグトーナメントが、連日にブッキングしてしまったのだ。

スノーボード検定1級は大学1年生から、誰よりも真面目に取り組んだ4年間の集大成とも言える目標であった。

「シーズン中、雪山に篭り一番上手くなるためにはどうしたら良いのかをひたすら考えていました。たどり着いた答えは、スノーボードのスクールでインストラクターとして人に教えることで自分の基礎を強固にし、応用に活かすことでしたね。環境って大事ですよね、あのときの選択は自分の最良の策だったと思います。」

スノボーボードに全力で取り組んでいたが、ボクシングも仲間と作り上げてきた手前、引くわけにはいかなかったと小石氏は言う。
学生最後の勝負の冬は、新潟(山籠り)→仙台(トーナメント)→新潟(検定)と蜻蛉帰りの怒涛のスケジュールだったそうだ。

逆境に立ち向かうマインド

スケジュールを予定通り実行することは、安易なはずがない。しかし小石氏の答えは自然に出ていた。

「ボクシングの試合前一ヶ月、僕はずっと新潟の山に籠ってスノボの練習をしていました。前日に仙台入りでボクシングの試合、ほぼ寝れませんでしたね。グローブもしばらくはめていない状況です。でもモチベーションは一番高かったんですよ。僕が4年間かけたスノーボード検定のために、どんな相手でも絶対勝たないといけなかったんです。しかもダメージすら追うことなく勝たなくては、検定に響いてしまいます。だから、試合中に相手に負けるイメージが逆にできなかったですね。
背負っているものが違いましたもん、こちらは命かけてましたからね!全試合躊躇なく相手を殴り、レフェリーストップで勝利です笑」

結果はボクシング東北大会優勝、怪我一つなく翌日のスノーボードの試験にも合格。
誰もが挑むことすら躊躇してしまう逆境に、勝った瞬間だった。

小石恵一郎の「勝ちグセ」

世の中にはメディアに取り上げられない成功哲学がたくさんある。小石氏のカテゴライズ化されない才能は、決してはじめからあったのものでなく、
彼が考え、錯誤してきた中で生まれたものであることは間違いない。

「勝つことには法則があります。
なんで勝ちたいのか理由を明確にすることです。人は最も大事なものが失われる時にエネルギーがでますよね。極端な話、負けたら家族が全員殺されると思えば有無を言わせず、みんな必死に勝ちを取りにいくと思うんです。
【強請るな勝ち取れ、さすれば与えられん】とでも言えば分かりやすいかもしれません。
すべては自分のリミッターをどれだけ外せるかで決まっています。大体のことは気持ちでどうにかなります。」

誰しも壁にぶち当たった時「無理」だとか「できない」という言葉を使うだろう。
そして、できないイメージを作り上げてしまう。しかし、彼の思考はそんなことを考える瞬間はない。

小石氏の勝ちグセは想像以上にシンプルであった。出来る理由を作り出す、ただ、それだけだった。
おおよその人間は出来ない理由を探してしまうが、彼は出来る理由を作り出す。
これは小石氏が持っている才能なのかもしれない。

成功イメージを頭に叩き込み勝ちに行く小石氏は、これからもたくさんの挑戦をしていくに違いない。
彼から生み出される哲学から、今後も目が離せない。

小石恵一郎プロフィール

小石恵一郎(27)

1990年5月1日生まれ。
ミスタージャパン埼玉代表。北里大学獣医学部卒業、現在は株式会社アリエス専務取締役を務める。
学生時代、キックボクシング東北Aリーグトーナメント2階級制覇を達成し、同時期にインストラクターとしてSAJスノーボード検定1級取得。
プロレス団体の代表として1000人規模のイベントを主催、わんこそば全国3位の記録も持つ。ボクシング部・水泳部・アウトドア部・スキューバダイビング部・自動車部・バスケットボール部など様々な部活動にも打ち込んだ。

【前編】を読む)